2019.08.03

私がミニマリストになったきっかけの物語

 

  「え、、、あれ、え??、ない、、、、」    

 

私は呆然とバスターミナルに一人佇んでいた。  

 

・ ・ ・    

 

 

アルゼンチンの首都ブエノスアイレス。

 

周りの旅行者がタンゴをみに行ったり、サッカー観戦に行く中、特に観光をするわけでもなく、毎日毎日スーパーに通い、その日仕入れられた脂がきれいなうまそうな牛肉と、水並みに安いアルゼンチン産の赤ワインを買い、宿で料理をするのが日常になっていた。  

 

1年間のバックパッカーもついに終盤に差し掛かり、感動に慣れた私は観光することに少し飽きがきていた。

 

しかし、いつの間にか牛肉と赤ワインを飲むだけのロボットに成り果てていた私は、次なる冒険を求めて、ついに宿を出る決心をした。

 

出発の朝、部屋に散らかっていた荷物を綺麗にパッキングをした。

旅がはじまった頃は10kg ほどだったが、いまでは20kgを超えるほどに膨らんでいる。  

 

小さな子どもほどあるミレーの赤いバックパックを肩に背負い、パソコンやカメラなどの電子機器を詰めたサムスナイトの黒色のリュックサックをカラダのお腹側に抱え、そして、腰にはパスポートやクレジットカードなどの超貴重品を忍ばせた。    

 

これが私の旅の移動スタイルだった。   

 

バックパックのずっしりとした重さを背中に感じると、感動に慣れていた心も、次なる冒険が始まることに踊りだす。    

 

「これだから旅は止められない。」  

 

小さく心につぶやいた。    

 

次なる旅路では、どんな人に出会い、どんな景色が見られるのか。重かったバックパックは不思議と歩みを進めるための推進剤に変わっていた。  

 

目指す街は、プエルトイグアス。  

 

世界三大瀑布の1つに数えられる「イグアスの滝」の観光拠点の街である。    

 

気持ちはすでにブエノスアイレスから、プエルトイグアスに向かっていた。    

 

プエルトイグアスまでは長距離バスに乗る必要がある。宿からバスターミナルまでは徒歩で30分程離れていたが、1週間以上滞在したのにこれまで観光してこなかったブエノスアイレスの街を眺めながら向かうことにした。    

 

ブエノスアイレスという街は非常に興味深い街で、アルゼンチンのパリと言われる程の大都市である一方、一歩裏道に踏み入れると大きなスラム街が広がっている。  

 

バスターミナルに近づくに連れて、華やかな大都市の顔から、屋台や人で混み合うゴミゴミと狭い人間臭い顔の街へと変わっていく。    

 

大きなバックパックとリュックサックにサンドイッチされ、バスターミナルめがけて人混みを掻きかけて進む。    

 

そんな時、ふと横をみると、こちら側にケツを向けたロバが1頭いることに気がついた。    

 

「うわ! こんな所にロバがいるわ! すげえ!  

 

 

疲れた身体が少しだけ癒やされたと思ったら、突然、激臭が鼻の奥を刺激した。    

 

「うっ、なんだこの腐ったう○こみたいな臭いわ!!」    

 

激臭の元凶を探し、ひたすらに目線を動かすと、謎の茶色い液体が私の右半身に大量に付着していることに気がついた。    

 

その謎の液体はTシャツだけでなく、短パンからはみ出した、右足にも付着していた。    

 

「な、なんだ、この茶色い物、、、くっっっっっせえぇ!!!」    

 

いつこんなものがかかったのか、頭をフル回転させていたら、ケツの穴をこちらに向けていたロバを思い出した。          

 

 

 

おまえかああああああああ!!!!  

 

右半身を汚染したロバの糞と思われる激臭物を、一刻もはやく拭きとり、そして綺麗な服に着替えたい思いに掻き立てられた。  

 

ただ、荷物は多く、狭く密集した場所では、ゆっくりと身体を拭くことも、服を着替えることもできない。そう思い、バスターミナルの構内に入るまで歩くことを決めた。  

 

 

「大丈夫、せいぜい400mくらいの辛抱だ。」  

 

そう心に言い聞かせながら。    

 

すると、突然、身体を軽く叩かれる感覚を覚えた。  

 

ふと叩かれた方向へ目線を送ると、よぼよぼのおばあちゃんが、路地裏のほうを指さしながら、私に話しかけてきた。  

 

「それ、どうしたんだい!? あっちに水道があるから洗ってあげるよ。」  

 

親切にも、そう声をかけてくれたのだ。    

 

私は、自分に謎の液体が付着した右半身に一度視線を落とし、次におばあちゃんが指差した路地裏を数秒見つめた。  

 

「ありがとう、でも大丈夫です。」  

 

 

いつのまにか、旅をするだけなら問題ないレベルになっていたスペイン語で返答をした。    

 

 

さらに50mほど歩くと、今度は男性の若者が声をかけてきた。  

 

「おい!きみ!なにか服についているぞ!拭いてやるよ!」  

 

すこし強引な態度に、苛ついた声で「いや、大丈夫だから!」と対応する。    

 

 

これだけの激臭を放つロバの糞と思わる物を、右半身に大量につけて歩いている日本人がいれば、

 

さすがにみんな気になるんだな。  

 

ぽつりと一人でつぶやいて、ひたすらにバスターミナルを目指した。    

 

狭く混み合った道の果てに、ついにバスターミナルの構内に入ることができた。やっと広いスペースがある。   一刻も早くこの汚れを拭き取り、綺麗な服に着替えたい。  

 

なぜなら、いまから数時間にも及ぶバスの長旅が待っているのだ。とてもじゃないが、この状態ではバスには乗れない。  

 

 

「脱いだ服はそのまま捨ててしまう。」  

 

つい独り言が増えてしまう。  

 

 

大切な赤ちゃんを抱えるように大事にお腹に抱いていたリュックサックを足元に降ろした。  

 

続いて、背中に背負っていたバックパックからタオルと着替えを取り出すため、地面にもバックパックも降ろし、中身の物色をはじめた。    

 

左肩を「ちょんちょん」と叩く感覚があった。    

 

タオルと着替えを探すことに集中していた目線を、左肩が叩かれた方向へと向けると、そこには一人の太った男がいた。  

 

 

「どうしたんだい?なにかあったのかい?」  

 

なんだか今日はやけに声をかけられる日だ、と思いながらも、すぐにでも綺麗な着替えたい私は、鬱陶しそうに答える。  

 

「いや、大丈夫だから、ほっといてくれ」    

 

また、足元に置いたバックパックに目線を戻した。    

 

そのとき、2,3秒前までの視線の先の景色と、何か違うことに直感的に気がついた。  

 

 

なにかが違う・・・    

 

 

すぐに気づいていたが、心が嘘だと言ってくれと言わんばかりに、現実を認めようとしない。    

 

 

 

そこにあるはずの「パソコン、一眼レフ、写真」旅の思い出の全てが詰まったリュックサックがなくなっていた。    

 

身体は硬直し、なにが起こったのかを必死で脳が整理していた。    

 

そうか。一瞬目を話したスキに、盗まれたんだ。   やっと、脳が結論を出した。    

 

犯人を探すために視線を上げると、5秒程前に声をかけてきた太った男がまだいて、左の方向を指差しながら叫んだ。  

 

「こっちだ!こっちのほうに男が走って逃げていくの見たぞ!!」  

 

反射的に左を向き、「走る男」を目が飛び出るほど探す。   どこだ、どこへ行った。まだ数秒しか経っていないから、絶対に近くにいるはずだ。   心臓が飛び出そうなほど鼓動し、必死で逃げているだろう男の姿を探した。    

 

 

その時だった。私はこれまでに起きた一連の出来事を一瞬で理解した。    

 

 

すべては、ロバがこちらにケツを向けていた所からはじまっていたのだ。  

 

壮大な罠にはめられたのだ。  

 

ロバがこちらにケツを向けていて、何者かがロバの糞に見せかけた謎の液体を私に投げつけ、ロバが糞をぶちまけたものだと思い込ませる。

最初に出会ったおばあちゃんもグルだ。路地裏に誘い込み、水道で身体を洗っているスキにカバンを奪おうとしたのだろう。

2番目に出会った若者もそうだ。1回目での失敗に備えて、その予備として配置されていたのだろう。

そして、ターミナル構内で声をかけてきた太った男ももちろん仲間だった。

足元にリュックサックを降ろした私を確認してから、肩を叩き、バッグから目線を外させる。その一瞬のスキに、どこかに隠れていた「誰か」がバッグを奪って、そして逃げる。

極めつけに、犯人を探す私の目線を巧みに誘導するため、犯人が逃げている方向とは逆の方向を指差し、バッグを奪った男が逃げる時間を稼ぐ。    

 

ここまでのことを一瞬で理解したのだ。  

 

  私は、すぐさま右の方向を向き直し、相棒を失って寂しそうにしているバックパックを片手で強引に掴みとり、走り出した。  

 

でも、目線の先には走って逃げる男の姿はない。  

 

 

そこにあるのは、バスターミナルの奥へと吸い込まれるように歩く多くの人間の姿だけ。   なにかを思い出したかのように後ろを振り向くと、そこにはもう太った男の姿もなかった。  

 

 

そこいたのは、激臭を放つ謎の液体を身体にまとい、呆然と佇む一人の日本人の姿だけだった。  

 

でも、不思議と心は軽やかだった。   だって俺には、もう、重たいリュックサックはないのだから。 

 

以上

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